1995年1月17日。私の娘は、生後5カ月でした。「ワーキングマザー」とか「女性社長が出産」と言われて……▼
働く女性が出産、ということが珍しかった当時、いろいろと取材を受けていました。1月17日は、朝5時過ぎに、テレビカメラが自宅に到着し、赤ん坊を連れて出勤する私を撮影していました。大地震を知ったのは、出勤して、撮影が終わってひと段落した時。テレビの映像を、覚えています。
 この地震で、ある母・子が亡くなりました。生後1-2カ月の赤ちゃんを育てる働く母親。新聞の特集で、まだ珍しかった、ワーキングマザーの西の代表として登場していた母子です。東の代表として私と娘が掲載されていた、同じ紙面に掲載されていた方。お会いしたことはありませんでしたが、自分と重ね合わせ、驚き、悲しんだことを覚えています。私の娘はもう16歳です。

 天災は、起きるモノ、です。ある意味防ぎようがない。
 東京も、いつ大地震があるか、わかりません。
 でも、多くの命から、私たちが学んだことを活かして、少しでも被害を減らしていきたいと思います。そして、1995年の今日、命を閉じた方々のご冥福を心からお祈り申し上げます。